個展《通りすぎたところ、通りすぎたもの》
2015. 2. 21 – 3. 20
Takuro Someya Contemporary Art

この度、Takuro Someya Contemporary Art は南麻布でスペースのオープンを迎えます。その最初の展覧会は、岩井優の個展「通りすぎたところ、通りすぎたもの」で岩井の新しい拡がりを展望するものとなります。

岩井優は、これまでクレンジング(洗浄・浄化)を主題に映像やパフォーマンス、インスタレーションを制作してきました。その制作方法は、人々が生活の中で実践している行為に参加して、共に実践する「参与的手法」によるものです。今回の個展において岩井は、赴いた場所と人々との数年間におよぶ関わりの中で、つぶさに観察し制作した映像作品を発表します。これまでの主題に加え、環境と体内の循環といった新たな展開を予感させます。

現在までの制作や作品について

これまでの岩井作品を振り返ると、代表作の一つ《ギャラクシーウォッシュ》(2008)は食材や魚、自らの頭髪など、洗う対象を同じ空間・同じ時間軸に置くことで、洗剤/浄化の効用とそれがもたらす歪みがあらわになります。そんな洗浄の暴力性とは裏腹に、映像はある種静寂な佇まいを備えています。また《ホワイトビル・ウォッシング》(2012)では、カンボジアのスラム街に2ヶ月間滞在し、岩井が働きかけることで始まった建物の清掃を捉えています。一人の青年が掃除する姿から始まり、徐々に人々が加わることで様相が変化し、ビルの上階から滝のごとく排水が流れ落ちるまでになります。清掃が終わり映し出されるのは、光が満ちた背景にビルと住民が美しくシルエットで浮かび上がる情景でした。

海外の展覧会出展の継続から

岩井は近年国外での制作・展覧会が続きました。クンストハル・カーデ(オランダ)で開催された日本の作家を紹介する《ナウ・ジャパン》展、グルジア共和国の国際現代美術展《アーティステリウム》、ホイットニー美術館 ISP キュラトリアル・プログラムの一環でザ・キッチン(ニューヨーク)で開催された《メンテナンス・リクワイアード》展、ミートファクトリー(プラハ)の《ニードレス・クリーンアップ》展などです。洗浄と浄化、または清掃という行為の共通言語と、作品が持つ視覚言語によって世界各地で多くの人を引きつけています。そして岩井が追求しているのは、1つの行為に共存する清濁の共鳴を拡張化させることにあります。そのような一見クリティカルに見える行為や作品の中で、鑑賞者と共鳴するのは先述した「参与的手法」とも関係するものでしょう。それは香水が体と触れ馴染むことで、本人に依拠した固有の香りとなるように、岩井が各地と交わることで表現を独自のものとしているのかも知れません。

今回の個展に出品する3つの新作と都市

本展覧会では近年岩井が関心を寄せてきた環境と体内のつながりに焦点をあて、黒海に面したアジャリア自治共和国の首都バトゥミ、ジョージア(グルジア)共和国首都トビリシ、そしてドイツ連邦共和国首都ベルリンの3都市で撮影した3つの新作の映像作品を発表します。バトゥミで撮影した《100 匹の魚(または愉悦のあとさき)》は街の住民と 100 匹の魚を食べる「前と後」のテーブルにフォーカスが当てられています。魚をさばき、汚物の集積は、画面上で「不在の食事」を連想させます。トビリシで撮影した《赤い洗浄》は、食肉解体処理場と家庭で赤く洗浄される状況を継ぎ接ぎし、食物と体内の関係に着目しています。この地の宗教、文化、政治を連想させる赤く染まった画面、そして激しく流れる水音は不穏な空気を潜在させています。そして 2012 年から継続して記録してきたベルリンでのフィールドワーク《路上のコスメトロジー》は、路上に落ちている糞(ふん)にクローズアップします。丁寧に衛生的・美容的なコスメを施すことで、それは逐次反応するように変容し、隠蔽と強調が共存する世界を映しだしています。路上と体内を通過してきたものを、改めて観察し向き合う時間となることでしょう。

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会期 :2015 年 2 月 21 日 (土) – 3 月 20 日 (金)
開廊:火曜 – 金曜 12:00 – 19:00 (休廊 日曜・月曜・祝日)
オープニングレセプション:2 月 21 日(土) 18:00 – 20:00

http://tsca.jp/ja/exhibition/passed-places-passed-things-2/#works

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